美味しいコーヒー
コーヒー豆知識

日本におけるコーヒー文化の最初をご紹介!


日本に始めてコーヒーが伝わったのは1641年以降長崎の出島にオランダ商館が建てられオランダ商人によってもたらされたとされています。

「ツンベルグ日本紀行」(1776年)の中でもコーヒーを味わえたのは二、三の通訳のみと記されて当時は役人や通訳、商人など限られた人のみが飲んでいました。日本が鎖国を進めていた頃、西欧の国々ではコーヒーハウスができ始めてコーヒー文化が広まっていました。日本の飲み物はお茶中心だっただめにコーヒー独特の香りや苦みになじめなかった人が多く、まだ人々には普及していませんでした。
そんな日本に契機が訪れます。1826年にオランダ人医師のシーボルトが1826年長崎に来日すると、日本人とオランダ人は交流があるのに日本にコーヒーを飲む習慣が浸透していないことに驚きます。シーボルトは「薬品応手録」の中でコーヒーは長生き尾する上で良い飲み物、薬であるとコーヒーの飲み方を勧める文章を記します。これが日本にコーヒーが普及するきっかけとなります。
コーヒーが広く知られるようになったのは日本とアメリカが1858年に日米修好通商条約を締結して自由貿易を始めるようになり、本格的にコーヒーを輸入するようになってからです。明治時代に入ると日本では西洋の文化を取り入れる文化が高まって、文明開化が始まります。

ここから日本でも本格的にコーヒーを取り入れる動きが始まります。外国人居留地が作られて外国人からの接待や欧米諸国の洋食を食べるようになり、外国人相手のホテルが横浜にできると日本人がコーヒーを口にする機会は増えます。日本最初のコーヒー店は鄭永慶が1888年の春に東京上野に開いた可否茶館です。

しかしコーヒーの味と香りがうけつけられなかったために、開店からわずか3年で閉店してしまいます。明治時代初めは上流階級の人だけが飲めた貴重な飲み物でした。
明治時代から大正時代にかけてはカフェ文化が日本に入るようになりましたが、一般人には行くことが難しかったようです。しかし1911年に水野龍(りょう)が銀座にカフェーパウリスタを開いたことがきっかけで、人々にコーヒーが知られるだけでなく口にするようにもなりました。ブラジルのサンパウロ州からコーヒー豆を無料でもらい作ったカップコーヒーは1杯5銭(約900円)と評判になりました。

パウリスタは当時朝9時から夜11時まで営業しており、次第に新聞記者や文化人たちが集まる場所になりました。多い日では約4000杯のコーヒーが飲まれていました。コーヒーの普及を図るために1913年には直営店を浅草や銀座のほかに全国展開を始めたそうです。

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